ASUNA YAMAUCHI

MEMO1

2019.08 -
MEMO4

2019.01 -
MEMO3

2018.08 -
MEMO2



2018.07
プール帰りの夕暮れ時
 
ヒグラシが鳴く中を、裸の大将みたいな男性が乳母車(「ベビーカー」という語感の物でない)を背中を丸めて押していた。河原を自転車で並走する中学生の男女。染めた髪がまだらになった女性が青い、頼りない感じのワンピースを着て歩いていく。
私はしばらく、ただぼーっとそこに居た。
今住んでいる町は好きだ。背景として良い。背景で絵の中に居る主役たちの物語が変わる。



 
変身譚
 
普通にお礼メールを送るのは面白くなかったので、デビルマンを描いて送る。
devilman
山月記なんかもそうだけれど、人間が別の生物に変わるお話は妙に頭に残る。感情や思想、業が人間の器を超えた結果の変身譚は面白い。言葉の上でも良い人を天使と言い、悪い人を悪魔と蔑み、正でも負でも人間ではなくなるのも面白い。人間の範疇に収まらなくなった元人間たちはどこに辿り着くことができるのか。



 
遠い夜から
 
幸せを願っている。進む道に笑顔がたくさんありますように。きっと全てが良いように帰着する。



2018.06
制作のお仕事1
 
いくつかのシリーズは作品の背景が繋がっている。これは浮世絵の「続絵」から着想。 そういう絵なので、複数作品を購入する方から「作品を一枚に繋げてほしい」という希望が出る時がある。
deep forest
これは購入者さんと相談して、作品間を1㎝開けて刷ったもの。下の画像はA3額に入れたところ。
エディション(サインの一番左にある番号。分母16なら限定枚数16枚の作品)は単体の場合と通している。例えばこのdeep forestの1、2のエディションナンバー1/16はこの1枚だけ。単体ずつの1/16は無い。



 
教室のお仕事1
 
silkscreen
ワークショップ(誰でも参加できる体験教室)の見本用に、シルクスクリーンでTシャツに刷る。
「宣伝用は可愛い感じが良いですね!」と事務の人から言われていたので猫を描いてみたが、生徒さんたちから「あんまり可愛くない…」と不評。結局、昔の版を使うことに。版は2014年に作ったものだけれど、4年経っても全く問題なく刷れた。



 
アスフォデルの花 / Evangeline: A Tale of Acadie
 
Evangeline: A Tale of Acadie
「哀詩・エヴァンジェリン」を読んだ。
植民地争奪戦に巻き込まれ引き裂かれた愛する人を、何年も何十年もどこまでも見つかるまで永遠に探し続けるお話。故郷を炎の中に失い、同郷の仲間たちは別々の地に流された。それぞれが安住の地を見つける中、エヴァンジェリンとガブリエルはお互いを探して流浪の民となる…。
1847年の作品。日本では1930年出版なので文体が現代のものとは違うけれど、戦前の訳と考えるとかなり読みやすい。訳者の悦子さんは23歳で亡くなったので、最後の方の文章は兄の博さんが訳したそう。100ページほどの短いお話なので、興味があれば是非。

私にとっては出会うべくして出会った本だった。
pale pink bonesのコンセプトも探し続けるところにある。
骨を拾うという行為。死を見る、埋葬する、別れの手順を踏む。それができなかった場合、残された人は永遠に探し続けて永遠に別れを認められない。
もしかしたらあなたの大切な人は、「またね」と言った約束を破るかもしれない。いってきますと言ったまま帰って来ないかもしれない。帰って来なかった人と、どうやってお別れをするのか?どうやって諦めをつけるのか。本当に死んだのか、案外水平線の先で生きているのかも、それとも山道の側溝に骨となって居るかもしれない。別の生物になっていても分かるだろうか?
あなたの骨の色は何色だろう。
ペールピンクの骨は現実の骨じゃない、非現実な墓標。



 
SKETCHBOOK: thinking about cicadas / 2015
 
蝉の形を理解する為に2015年の9月から12月の間、拾ってきた蝉の死体を描き続けた。全頁が蝉のスケッチブックがある。
cicada
9月1日。描き始め。拾った時点で頭部が無かったが、おかげで中が分かりやすかった。
cicada
10月2日、13日。これがcicada Ⅱになる。作品の黄色の版は下段の足を元に作っている。
thinking about insects: cicada Ⅱ
cicada
12月29日。cicada Ⅰの元イメージ。
thinking about insects: cicada Ⅰ
スケッチに4カ月も付き合ってくれた蝉。感謝して丁重に埋葬した。



2018.05
16 times ART
 
In der Ausstellung "16 mal KUNST" zeige ich 10 Drucke aus einer Serie: "Pale Pink Bones / Blass Rosa Knochen".
Ich freue mich, erneut in Deutschland ausstellen zu können.

ドイツでのグループ展、"16 times ART"用の作品10点全て刷り終えた。2018年作の未発表の新作が8点。2017年の作品が2点。全部pale pink bonesのシリーズ。このシリーズもようやく舞台が広がり、コンセプトに近づいてきた。
prints
今展の話は2月にドイツのオーナーさんからきた。失意のドン底で放浪した1月が過ぎた頃だった。
16人の作家は16カ国から参加している。ドイツまで観に行こうか検討中。



 
資料を観に行く。
 
sheep
伝統工芸の職人であるいっちーと羊の毛刈りを観に行った。その行為を観たいわけではなく、毛が無くなった羊の体を見たかった。sky blue bodiesの参考資料の為。
このシリーズでは豚、牛、鶏、羊などを描いている。なので当初のタイトルは"sky blue meat"だったが、コンセプトが食肉に関しての問題提起ではないのでbodyにした。
ちなみにこの体はA、これはB、とアルファベットに合った体を選んでいる。これも当初はHappyやLuckyなどのペット名、もしくはハリケーンのように女性名にする案があったけれど、周りから猟奇的すぎると言われてやめた。
sky blue bodiesの作品を数える時の癖で、動物を数える際に全くの無意識で1体、2体などと「体」で数えていたらいっちーに嫌がられる。いっちーは何でも触る。私も一緒に毛が無い羊の体を触ると、油分でネットリしていた。羊は落ち着きなく動き回るが、山羊は私たちに撫でまわされても大人しくしていて可愛い。



 
芸術の活用法
 
強くて弱く、優しいのに狂っていて、誰よりも逞しくて傷つきやすい二面性を持った人たちの心を私は肯定したい。狂気や闇でしか癒されない人は居る。それは暗い癒しなのかもしれない。しかし、明るさだけで人を癒せるのだろうか。地球上では明るい太陽だって、宇宙という真っ暗闇の中で命を削って孤独に燃えている。それは近付けば燃やし尽くすような光なのだ。
他者とのコミュニケーションにおいて、無神経なくらい常に笑顔で素直な明るさは、周りの人の表層意識までを簡単に癒せるだろう。そして表層の癒しが時間をかけて深層まで癒していくこともある。だけれど芸術でできる癒しは、ただ心を肯定すること。
言いたくないことは誰にも言わなくていい。しかし、誰も自分の本質を知らないと思うのは辛い生き方ではないか。明るく温和な人間でなければ愛されないというわけではないのだから。闇を抱えていたって、良いものは良い。
優しい顔のままで、ある日突然走り出してしまうくらいなら。部屋の中にあなたの心に合った絵や写真を飾って、心に合った音楽を流して、好きな芸術を目の前に並べてほしい。



2018.04
FIGURE: man 1 / 2014
 
光の射す角度によって、顔に落ちる影はどのように変わるのか。普段人間の顔を描かないのに、ある日唐突に知りたくなって作った1体目。
材料は家にあった石塑粘土、発泡スチロール。バランスを取るために3本竹串を刺して固定している。
figure: man1
人間の立体を作る時に特定のモデルは居ない。余計な意味も国籍も持たないような顔にしたかったので、いろんな男性の写真を見て作った。



 
お絵描き友だち(6歳)が入学した
 
ので、その子の好きな恐竜を銅版画にして贈った。
一緒に絵を描くのは楽しい。恐竜についていろいろ教えてくれるので、私も少し興味が湧いてきた。
figure: man1
将来は私と一緒にお仕事をしたいらしい。
一体どんな風に育つのか、子どもの成長には夢がある。



2018.03
ESQUISSE: thinking about insect collections / 2013
 
先輩から赤のキラキラペンを貰ったので、それを使って描いたエスキース。無駄にキラキラしている…。
当初は6体並べる予定だった。描いている内に分割して複数の作品にする方が見やすいと考え直し、現在の作品になる。しかし他の作品をまだ描けていない。
insect collections
thinking about insect collections
東京の国立科学博物館にクワガタの頭部を拡大した模型があるんだけれど、ああいうのちょっと欲しくなる。



 
 
山間を歩いていると、樹々の清涼な匂いに気付く。冬の間は全く感じなかった匂いだ。止まっていたものが動き出したよう。心なしか、葉がなく寂しい姿の枯木からもやる気を感じる。
陽気が生命を盛り立てていくこの季節は美しい。



 
この旅、果てもない旅のつくつくぼうし
 
種田山頭火さんのこの一句が好き。旅と言えば一人旅の印象が強い気がするけれど、二人で旅をするお話も好き。一人より二人の方が好きかもしれない。だから二人旅の絵本を描いたけれど、発表する日はいつ来るのか…。
「ある日突然お別れをしなければならなくなった大切な友人を連れて、どこまでも旅をする。この旅には終わりが来るのだけれど…」



2018.02
善に強いは悪にも強い
 
そして悪に強いは善にも強い。
善悪に限らず。ちょっとした切欠で、白と黒は同じ力量で反転する。



 
山の中のケーキ屋さん
 
車サイズの山道からぴっと自転車サイズの脇道へ。ここは私有地では…?とドキドキしながら原付を走らせると見えてくるログハウス。ここしかない…と思うけれど、看板が無いのでそのまま通りすぎるが、やはりあそこに違いないと引き返す。電話で聞いたら営業中と言っていたから、看板が出ているはずだけれど…と思ってよくよく見ると、看板は蔦で隠れていただけで存在していた!
中に入ると、畳2枚分くらいの小さなスペース。ケースの中には8種類くらいのケーキと焼き菓子数種類。挨拶をすると出てきたのは若い女性。オススメを聞いて、ケーキを3個も買って大喜び。チョコ、ティラミス、そしてイチゴミルク。美味しく食べるために2時間ほど泳ぐ。適度な運動はやはり良い。そしてケーキはどれもとっても美味しかった!
今日のケーキ屋さんは物語の世界に出てきそうだと思った。わくわくする場所は好き。



 
右手首を中心に…
 
体中が痛い。クランプを最適な場所につけられなくて、変な体勢で一日中鑿を打ったからだ。
そもそもどうして鑿なのかと言うと、新しく買った天然砥石を試したくて、人から譲り受けた刃が欠けた鑿七丁を半日かけて研いで再生させたので、それをさらに試したくなって木工をしてみたのだった。天然砥石は素晴らしく、鑿の切れ味は凄まじく、ちょっと手を滑らせたら軽い力でも怪我をした。



2018.01
星を数えて死ぬ
 
「山の怪談」という本を読む。いろんな文筆家さんの山に関する怪談を集めて一冊にしたものだけれど、読了後は恐ろしさよりも文章が美しい印象が残った。特に素敵だと思った一節がこれ。
「巌頭に立ち、空を仰いで星を数えている貂が、感興の増すとともにいよいよ仰ぎ、さてはまっさかさまに墜落し、岩角に頭を打ち、山沢に流れ込んだのが漂うて平地に来る」 ―小池直太郎 『貂の怪異』
星を数えて滑落死するなんて、深い孤独と寂寥感、そして美しさを感じる。



 
4時半頃
 
まだ雪が残る町を、西日が黄色に染める。
空には藍錆色の雲が一面に広がっているが、ちょうど西の空だけ晴れていた。町と空の色合いが綺麗。
・瓦の上に積もっていた雪がボロボロっと崩れて落ちる。
・自転車で雪の上を走るとギュウギュウ鳴る。
・溶けた雪で水嵩を増した川は案外穏やかで、私はぼんやりと見ている。



2017.12
元素記号
 
ぼーっと、図書館の壁に貼られた元素周期表を眺めていた。自分の名前を元素で分解するとヒ素、ウラン、ナトリウムだなあなどと考える。全部銀色。ふとなんとなく、それらの原子番号を足し算する。合計値が誕生日の数字と一致。うーん、これは化学系の人相手への自己紹介に使えるかもしれない。
…滑らないことを願う…。



2017.10
雨の日の午後5時
 
遠くの山は白く土煙っている。
集団下校をしている中学生。薄暮に自転車の、オレンジ色の前照灯が映える。



2017.08
ベニクラゲは不老不死
 
らしい。この世界では有り得ないことなど無さそう。